生まれ変わったような真新しい気分で過ごす毎日

お化粧をして、街に出かけるのが好きになりました。

円形脱毛症に気づいたのは21歳の夏で、左耳の上あたりに1円玉くらいのハゲを見つけました。
母もしばしば円形脱毛になった経験もあり、「これはきっと遺伝。お母さんだってすぐ直っていたんだから、私もそのうち」と、楽観視してました。

ところが、右側にも同じような円形脱毛を見つけ、更に抜け毛は広がっていきました。

たぶん精神的なストレスが原因だったと思います。恋愛関係や職場の人間関係で悩んでいた時期でしたから・・・。

1人に暮らしにあこがれて、昼は販売員、夜はお母さんが経営するスナックの手伝いと、ダブルワークで頑張りすぎたことも身体に悪影響を与えていたのかもしれません。

それから、かつらと帽子が手放せない日々が始まりました。
おしゃれや化粧が大好きで、さらさらヘアが自慢だったので、言葉ではとてもいい表せないショックを受けました。
仕事もやめ、家にこもりがちになりました。それからというもの、ありとあらゆる育毛剤や薬を試し、皮膚科ばかりでなく、神経科、婦人科、整形外科と、20件以上の病院を渡り歩きました。電気を当ててみたり、液体窒素を吹きかけてみたり。それでも一向に回復しなかったんです。

ひどかったあの頃のことを思えば、どんな苦労も、どんなひどいことも我慢できるような気がします。それまで髪の悩みなんかなかっただけに、「死んじゃおうかな」なんて思ってしまったこともありました。

ダメで元々。という開き直った気持ちでした。今まで何を試しても効果が無かったのだから、1本使っても効果がなかったら止めちゃえばいいや、と兎に角使い始めてみました。

それから1か月たったある日、それまで変化が無かった頭髪に、ナイロンのような細い産毛が鏡に映っているのを発見!それからは早かったですね。どんどん生えてきました。
失った時間は惜しいけれど、得たものも大きいんです。

10月から使いはじめ、、髪が生え始めたのが12月、翌年6月にはちょっと見ただけでは脱毛に気が付かないところまで回復していました。

ほんとにうれしかったです。自分でも信じられないくらいでした。

しかし髪が生えろっても心の傷は深く、しばらくは人前で帽子を取ることはできませんでした。

人通りの途絶えた夜中から、主人に付き合ってもらって外で帽子をとる練習をしたんです。最初はパッと取ってすぐにかぶってしまっていましたが、だんだん慣れてきて、昼間でも帽子を取れるようになり、次に電車の中でも取れるようになりました。

人ごみを避けていましたが徐々に行動範囲も広がり、脱毛で悩む前の友達つきあいも復活し、私を励まし、見守り続けてきご主人も、「これからはどこにでも行けるね」と一緒に喜んでくれました。

髪の事は10年以上悩んでいたので、将来を悲観して一時は一生結婚できないと思いこんでいました。

私と同じように髪に悩んでいる人がいたら積極的にケフトルを勧めてあげたいです。

Page Top